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思いつくまま・・・役立つものもあります。 [
医師・歯科医師は自己破産出来ない
] 「そうしたライセンスを持つ身なら少しでも返済は可能である」とされて自己破産処理の出来る対象者とみなされません。派手な診療室を造り、外車を乗り回し、女をつくり等々してウラヤマシがられている中に突如「夜逃げ」、ビルは資産家出での奥さん名義であった為取られ、都落ちなんて話が現実にあります。 日本歯科医師会の理事会を取材した時、日歯年金の解約状況の資料が出ます。最近ではその数がかなり多くなっていることでしょう。我が地区でも、最近夜逃げが2件、破産状態が2件ありました。節税の為マンション投資が流行りました。ゴルフの会員権と共に、借金で喘いでいる医療機関が非常に多いと聞いています。ひたすら返済と云う日々が続くのでしょう。開業地は業者任せ(マーケッティングリサーチなど全くしていないいい加減な情報)、開業時の投資過剰・水上げばかり気にし、維持費に鈍感・・・楽になる日は死ぬまで来ない。 [
真正なる所有権の転換訴訟
] 家建築時又は開業時に銀行の融資が得られなく、親名義(兄名義)で借り入れ、返済は子供である貴方がして来た。土地、建物の名義は親(兄)になっているまま、さてどうします・・・? 実質、返済をして来た貴方のものなのですが、名義変更を如何してするのか知らない人が殆どです。税理士に相談して贈与扱いで処理した人もいることでしょう。この処理は、貴方が借入金の返済をしている記録を証拠として、単に銀行の指示で融資先となったことを親(兄)に認めさせることで解決します。 貴方が原告となり親(兄)を被告として、訴訟を起こす形をとります。無論親(兄)の了解をとった上での茶番劇です。それを裁判を通して行うのです。 そして「所有権は貴方にある」と云う判決を貰うのです。後は名義変更手続きを行えばよいのです。但し、親(兄)を被告とするには「悪者」扱いしますので、「話の判らぬ頑固者、認めようとしない・・・」等有ること無いことを並べたてますので親(兄)としては気分の良いものではありません。裁判所から呼び出しがあっても、絶対出廷させないこと、公判記録も読ませないことです。興味本位で出廷したり記録を読んだりして「私はこんな人間ではない!」と怒り茶番劇が中途で終わってしまうことも少なくないと云うことです。新しい権利証を手にしてホットすることでしょうが、まだ問題が残っています。取得税の支払いです。法的には支払わねばなりません。しかし、地方税ですので実質一回納税されていると云うことで通知が無い場合(免除)が普通だと云うことです。裁判費用、弁護士への謝礼は負担しなければなりませんが、贈与、相続扱いをするより負担が少なく、弁護士任せで容易です。 [
守秘義務の解釈を正しく
] 歯科医師が歯科医療業務の遂行を通して得た患者さんの情報を外部に漏らしてはいけないと云うことは知っています。税務署の調査員にも己の任務遂行を通して得た調査先の情報を外部に漏らしてはならないと云う守秘義務があります。しかし、二者の守秘義務は別個のものです。「私達にも守秘義務がありますから、大丈夫です。カルテを見せて下さい」と平然と言います。これが間違っているのです。歯科医師が税務署の職員に漏らすこと自体が守秘義務違反なのです。裁判所が発行する捜査令状なしにはカルテを見ることは出来ないのです。無論警察が捜査上得た内容を他の省庁に情報提供することも守秘義務違反です。かって偽パラ事件がありました。事件として立件するする為に歯科医院に捜査協力を依頼し、証拠固めが行われました。当初は歯科医師から逮捕者を出さないと言っておりましたが、結果は何人かパクられました。この時厚生省と法務省間で省庁協力をすると云う閣議決定が行われ、歯科医療機関を締め上げにかかった経緯がありました。守秘義務違反を公然と行った訳です。閣議決定が法律に優先するか馬鹿!!!新聞記者を通して捜査担当者に異議を伝えた所「上がやっていることで・・・イジメナイで下さい」と云うような返事が来ました。医師界で「偽薬事件」がありました。この時は医師から逮捕者は一人も出ませんでした。「偽パラ」の使用であっても歯科医療の目的は達成されています。「偽薬」は医療の目的を達成する所か傷害、殺人へ展開の可能性があるのです。事件の取り扱い上バランスを欠いた無茶苦茶な措置です。どうも厚生省と云う所は小手先の場渡り的施策を得意としているが法的な裏づけと云うことに鈍感、無知な集団と思われます。歯科医師会が堂々と訴訟を起こすべきことなのです。「悪いことをしていません」と云う申し立てでは無いのです。応分の措置(罪)を望むのですから正当な行為なのです。色々なことで保険医療機関の指定取り消し、保険医の指定取り消しがあります。医療費の不正請求(色々なレベルのものがありますが)で保険医療機関の指定取り消し、保険医の指定取り消しと云う行政処分は、国民皆保険制の下では実質的に医師、歯科医師の生活権の剥奪に繋がります。他の犯罪の罪の償い方と比較してバランスを欠いていると思えませんか??? 犯した罪に見合った処分を要求することに何ら問題は無いのですが、歯科医師会は動こうとしません。「調子に乗るな厚生省」と司法のもとで判断させることもして良いと思います。 [
医師・歯科医師は裕福でなければならない
] 何故なら医師・歯科医師も単なる人間ですから。銭金意識せず診療、治療に100%エネルギーを注げる状況を作ることが大切なのです。その第一条件が裕福であることなのです。これは政治家についても同じです。選挙費用等々に関心を抱くような経済状態では国家を論じ、治める位置にいられません。自分の資金でブレーンを集め、報酬を払える位の経済力が無ければ駄目なのです。愚かな国民は医師に対して「赤ひげであれ」「シュバイツァーであれ」と要求しています。マスコミも医師の鏡としてすぐ「赤ひげ」を挙げます。私に云わせれば、二人とも単に自分行き方をしたに過ぎません。特別立派だとか、えらいとは思いません。「お金は出したくない、良い治療を、親切に、何時でもやってほしい。」勝手を医療に通じさせようと云うことなのです。 [
インフォームドコンセプトとは訴訟社会の落とし子
] 保身医療の一手段にすぎません。訴訟社会と云われている米国では、説明をいっぱいし結果的には処置、治療方針まで患者に決めさせ、後々訴えられないようにします。それが
"インフォームドコンセプト"訴訟社会の落とし子なのです。患者と医師間の信頼関係を築くための最も大切なものと扱われていますが、それほど説明をしてくれなければ任せられないと云うのであれば、何故その医師の所へ行ったのでしょう。「色々、絵とか写真、ビデオを見せて、説明してくれる。よく判らけれど、きっと親切でいい先生なんでしょっ」薬を出せば、身体に良くないから飲まなかったと云う患者が時々いる。胃がおかしくて医者へ行ったら、食生活を注意されて、歯を治して来いと、全然薬を出してくれなかったと怒る患者もいる。地域にあってその地域住民の全てに名医には成り得ない。或る者にとってはヤブであり、或る者にとっては悪徳医師でもある。私の(歯科医師)することを疑って見る患者に説明なぞする気は毛頭ない。医師とはそんなものである。患者の価値観の違い、生き方の違いがそうさせるのである。
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幼児の歯科健診についての正しい形
] 歯牙各個の詳細なチェックは不要、それが目的では無い。本来の目的は「口腔内状態を大別し(う蝕罹患状態の判定)夫々の状態に応じた指導を行うことである。」と厚生省発の指導要領にある。虫歯の本数数えが主流となっている現状を打破しようとしたが、指導よりデータ収集、グラフを作って掲示板に貼ることに生き甲斐を感じている者が多く、歯科医師自身もそれが良いと考えている状況では如何ともし難い。虫歯の本数数えて勲章貰おうと云うお粗末な世界である。 子供の虫歯が顕著に減った時期は昭和50年代中頃である。 昭和52年に「蔗糖ミルク」から「乳糖ミルク」に劇的に変わった。 昭和52年から6才未満の歯の治療費が5割増しとなった。 昭和52年から日歯の口腔衛生啓蒙活動が盛んとなった。 そして数年経ち、子供の口腔状態に顕著な改善が見られるようになった。しかし、う蝕罹患率で処理している為、それが見えず10年近く経って「う蝕罹患状態」のデータを見て「著しく改善」と厚生省は発表したのである。一人で虫歯10本あっても、1本であっても、う蝕罹患率は変わらないのである。 [
座位診療は単なる流行、人間工学の粋など極めていない
] 昭和52年、立位・座位診療についてアンケート調査した。その中で腰痛についての調査結果が全てを物語っている。立位・座位診療の普及率は五部々(座位:51%)で、座位診療の伸びが著しかったが、腰痛の発症も急上昇と云う結果が出た。医学部の整形外科助教授曰く「あれはイケマセン」。座位診療はスタッフの員数が多く必要とし、人件費増大を招いた。患者の気持ちは足を地から離されて不安定。洗口は気分転換で時々一息付きたいが出来ない。大学病院で採りいれるレベルの診療形態では無いのだが、教育の段階で座位診療を押し付けている現状、歯科医業経営上、ヨーイドンで負担を背負わされる形、進んだ診療形態では無いのに・・・。歯科医療産業への批判の目を持たない歯科界のリーダーの資質に問題があると言っても何の解決にもならない。歯科界を形成している歯科医師の資質の問題でもあるから。 [
イントレランス
] イミダス(類似のものでも可)で調べて下さい。清潔志向が過剰な現状は医療機関の消毒問題にまで及び、滅菌、殺菌と異常に神経が使われている。口の中の細菌はどうするのだ?
部屋の空中の細菌はどうするのだ?他人が使ったコップは消毒してあっても嫌、スリッパも嫌、煮沸は旧式だ、薬液は信用出来ない、オートクレーブを使っている所が安心だ・・・「うるさいっ!馬鹿野郎っ」と日頃思っている。何でも抗菌と付く、だから如何した・・・と云ったのではいけないようだ。「そんな感覚では患者は減るよ」と言われる。その通りである。うちはもう閑古鳥が鳴いている。モニターで色々見せてくれる所がイイッと云うことである。そんな設備するのに自分では出来ないから高い金払って(ボラレテ)して貰う。トータルでは収入増せず経費増、それでも患者の頭数確保にはなるので安心だと云う。医科では送迎付きの医療機関まで増えて来た。 【
技術料の評価の要求は無駄である。何故なら。
】 日本は、社会主義国家としての成功例???(これでも)の国であって決して自由主義国家ではありません。社会主義では、技術、技能を特別評価はされません。単なる労働の一手段と定義されていることをご存知ですか。個人の能力を認めない国なのです。従って日本では優秀な人材は育たない。社員、研究者のアイディア、研究成果は組織、企業に帰属する形となっているのであります。最近日亜化学が「青色半導体レーザダイオード」で訴訟が起されましたが、「将に遅かりし由良助」と云うことです。味の素のパルスィート(アスパルテーム)も然り、中松博士を変人扱いしている日本の体質。企業の研究所は直接会社に関係ない研究は認めない(瓢箪から駒が期待出来ない)。基礎研究軽視の研究界、非生産分野の軽視・・・きりがありません。ロッキード社の研究陣が数学、物理を駆使して顎運動を解明しにかかったと耳にして、日本ではあり得ない米国ならではの余裕と云うか、研究(技能)重視の社会が羨ましく思いました。 かって「物と技術の分離」が論議されました。私も難しい本を買って少々勉強しました。 技術とは、技能とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 名画と云われているもの例えば、ゴッホの「ひまわり」は一枚しかない。ゴッホの技能の成果である。その名画がどんなものか見たいと思っても大変です。しかし、写真技術と印刷技術により、誰もがそれをみることが出来るようになりました。写真撮影にしても、この世に写真機が現れてから、その性能は進歩し、とうとう「押すだけ」でいい所まで来ています。絞りは、シャッタースピードは、ピントは等々の設定の技能は技術化され、誰もが簡単にいい写真を撮ることが出来るようになってしまいました。その上、パソコン上で編集出来るようになり、技術化もここまで来ると???と思えるほどであります。 印象材の練和を例にとって述べれば、手作業では、正法通りにはナカナカ行きません。技能が関わるからです。練和器を使うと容易です。練和技能が技術化されたと云うことです。石膏の練和、埋没材の練和についても同様です。技術化は費用がかかり、技術化の成果を活用するにはもっと費用がかかります。エァータービンの開発、間接法の確立は歯科における画期的な技術革新となりました。処置率を高め、治療のスピードアップをしました。他に何があったでしょう。強いて云えば「超音波スケーラー」の開発くらいだと思います。ユニット、チェアも一見便利になりましたが、歯科医療は歯科医師の手作業によることには変わりありません。技能が物言う手作業の分野は決して無くならないのです。医療の分野で、街から「外科」と云う看板が消えております。外科単科では医業が成り立たなくなった為です。外科(歯科も)は手作業が殆どです。設備も、スタッフも必要で大変です。そして保険の評価は極めて低く、やっていけないのです。外科手術の手法はマニュアル化(一種の技術化)出来ても、それだけでは差が出ます。歯科でも然り、窩洞形成しても、マニュアル通りに行えば同じ窩洞形態になる筈でです。実際は形成時間も違えば、形態も違う。技能の差が出るのです。諸々の支台歯形成にしても、出来は異なり、模型の出来も異なります。全て技能の差が為せるのです。所が技術の評価(点数化)をするのに、日本では、「歯一本削るのに何分必要とするのか」と云う所から始まります。これは技術料の評価と次元が違う論議なのです。水平埋伏知歯を抜歯するのに要する時間を論じます。困難か簡単かを決めるのに歯科医師の個人的技能は無視され。客観的に1時間必要と決められたケースを15分で行う歯科医師の技能を評価するより、客観的に20分必要と決められたケースを1時間かかった場合をより大きく評価する形となっております。「時給いくらか」の感覚なのです。時間にしてどれだけ長く働いたかで評価をするのは社会主義的で、効率良く仕事をしているかへの評価が資本主義的なのです。昼間サボって残業で稼ぐと云う手口で月収を確保した時代は終りました。歯科医師のレベルアップは期待出来できません。高度で、良い治療をすればするほど減収となります。良質な歯科医療を・・・などと寝言を云うなと、厚生官僚、国民にはっきり言うべき時期に来ております。今のままでは、日本の医療制度は崩壊します。国はもう大分前から「健康個人責任論」を前面に出しておりますが、患者負担を増やす為の論理で、医師、歯科医師の技能を評価する為のものではありません。昔、武見さんが「健康個人責任論」なるものを出してヒンシュクを買ったことがありました。今では常識です。国庫負担を減らすことだけしか視野にいれておりません。武見さんが晩年に「プライマリーケアー」を強調した背景について、私見を述べれば、コンピュータによる診断、処方箋の発行は可能となりました。システムを大型化すればかなりの正確性が期待出来ると思いました。医師にとっては一大事です。検査についても、血液、尿、便を提出すれば大方は判ります。残るX線撮影、超音波検査にしても検査技師の仕事、診断はコンピュータがやります。医師に残されたのは、視診、触診位か、あとは「カン」「ニオイ」とか云う長年の経験とセンスを発揮する位です(一番大事な所でもあり、最も評価されるべき所)。それに対する牽制であったのではないかと思います。 ドイツの保険制度には民間保険が関わり、国民の誰でもが保険料を支払っていれば、いざ病気になった時、その筋での著名な(名医)医師に診て貰える(手術して貰える)ことになっているそうです。ここで云いたいのは、その後の保険料の支払先のことです。保険会社は、その医師個人に対して支払いを行うのであります。その医師が大学病院の医師であってもです。指名を受けるのは、技能があるのは大学病院では無く、その医師個人であるからと云うことなのです。日本では、謝礼と云う形で内緒で処理されます。社会主義国家で有効な「袖の下」活用システムが日本では、はびこっているのてす。テレホンカードを考案したNTTの社員は感謝状と金一封でお茶を濁され、特許権はNTTと云う企業の所有となりました。こんな話は一杯あります。超音波スケーラなるものが発明され、便利、楽になりました。大元は利用する振動は「縦波」、日本のメーカーは「横波」を使って製品化したと聞いています。中国国内が著作権、特許権を無視した形の商売が蔓延しています。それに対して米国が指摘し、改めよと云った所中国の高官曰く「中国は紙の特許権を要求したことは未だかって無い」と。堂々としたものです。終戦後日本がして来たことを、中国等後発国が今やっているだけです。文句言えた義理ではないのです。ホンダは傘下におさめる形でその問題を解消した。利口なやり方でした。生産コストに格段の差がある以上競争しても負けは明らかです。技術大国日本と云うのは幻想です。技能を評価しないからコストダウン出来、国内では高く売り、外国では安く売り、輸出に対する国の特典を目いっぱい活用して来たに過ぎないのです。不要なカレンダーを只で配る習性、そのカレンダーにも、外国版があるのです。無論外国版のカレンダーには異常なほどの金をかけています。この意地の汚さ、育ちの悪さが現在の状況を招いたのです。秀でた技能の持ち主に対しての評価は「イヨッ!名人」の一言なのです。20年程前、日歯広報で「歯科医師への期待」と云うようなテーマで患者の意識調査をしました。その結果をまとめ分析した所、患者にとって良い歯科医師は、技術が優れた歯科医師ではありませんでした。「通院に便利で、何時でも診てくれ、技術が高く、費用が安く、親切で優しく、痛くない歯科医師」=「自分にとって都合の良い歯科医師が良い歯科医師」と云うことでした。 歯科医師の過剰問題、官はそれによって歯科医師の生計が成り立たなくなることを憂えているのではありません。医療機関の増加は医療のニーズを増し、医療費増となるからです。定年制を考えたり、支払方式を出来高払いから定額制にすることを考えたりしています。保険医の資格保有に一定期限をつけること位は検討しているに違いありません。最近はレセプトの審査を民間委託化することが検討されています。強力な監視体制が布かれることになるのです。医療費通知制度がすっかり定着しています。締め付けが益々強くなり、我々にとって嫌な世の中になって行きます。そうは云っても世間は「それは良からぬことをしているからだ」と云うのです。何故こんな風になって行くのでしょうか? 国民は、金持ちは悪い奴、医師、歯科医師はものすごく儲けていると決め込んでいるからです。医療費が全部医師、歯科医師の懐に入るものと錯覚しているからです。医師の中にも歯科医師が一番収入が良いと思っていた時がありました。歯科医師の平均収入は内科医の1/5、医科での平均収入は耳鼻科、眼科が一番低く、その1/2が歯科医師なのです。 保険の点数設定がそうさせているのであり、今更どうにもなりません。仕方ないのです。日本は崩壊寸前の社会主義国家なのですから。 もう技術の評価など要求しないで、保険医として従事した年数に応じて、退職金と恩給を頂ける形にした方が良いのでは・・・? 私が呼んだ本 武谷三男著作集「弁証法の諸問題」 勁草書房 川上 武「現代医療論」医療にとって技術とは 勁草書房 星野芳郎著作集「技術論T」 勁草書房 マルティン・ハイデッカー「技術論」 理想社 医療費改定面で発揮されている厚生労働省の技能についてこの4月に初めてのマイナス改定が行われたが、実質的には大分前からマイナス改定が行われていたのであります。以前は実質は発表アップ率より、高い改定が行われていました。対GNP比も関係無い状況でしたが、オイルショックを契機に次第に対GNP比が前面に出て、抑制策が出て来ました。所謂薬漬け医療と称して、薬価の切下げ策を断行しましたが、これは効果ありませんでした。そして「高度先進医療」なる概念が創り出され、高額請求に結びつく検査機器の適性配置と称して所謂検査漬け医療を目の仇として「高度先進医療機関の指定制」を導入し成功しました。高齢社会における支出を抑え、別に保険料を徴収する為に介護保険制度を作りました。歯科にあっては、歯周病の指針を修正し、保険に反映させる際に、一部アップ、大部分ダウンとなる改定をしました。以後、アップ改定でも、結果は一部アップ、大部分ダウンとなるようにして来ました。最低官僚とはいえ、医師や歯科医師の頭脳では太刀打ち出来ません。大したものです。以前は「包括化」は請求事務の簡素化が背景にありました。しかし、安易に包括すると減点に繋がるとして日歯も注意しながら対処しておりました。今では「定額制への移行」が視野にあります。徐々に、徐々にと進行して行きます。物と技術の分離、技術の評価と云う要求を逆手にとってしてやられたのが、「50/100加算はチェアサイドでの作業に限る」と云うものでした。逓減措置であるのにもかかわらず、加算措置と云う文言を使用し、シンマ料の算定を封じ込む手口、FOp時の人口骨活用は学問的にも歯槽形成を準用すべき所を歯槽整形を準用したこと等大したものです。対処する歯科医師会の窓口にいる者は保険屋上がり、保険請求上の知識がいくらあっても、今は交渉には役立たない。色々とあまり評判は良くありませんでしたが、満岡さん(故人)は保険には詳しく無かったのですが歯科医師会中医協委員としては最高の人ででした。中医協と云う場でのやりとりには「相手の土俵で議論出来る能力が必要」なのです。主張するばかりでは駄目なのです。説得効果は自分の土俵上(単なる主張)では生じません。 「あかひげ」「シュバイツァー」は格別立派な医師か? 私に言わせれば、単に自分の生き方をしただけのことで、彼らの勝手であります。医師の鏡だとか、期待される医師像などと祭り上げるのも勝手です。自分達に都合の良いからに過ぎません。立派だとか、偉いとか云うことと敬意を払うこととは別なのであります。 「トラさんの生き方」「つり馬鹿日誌の主人公の生き方」・・・・・出来るものならそうしたいの裏返しが人気を呼んでいます。自分が出来ない生き方を他人に強要すること、それが「赤ひげたれ」ということなのであります。 昔の話ですが、日経新聞の厚生省番のベテラン記者と懇談した時、彼曰く「医療費の適正化要求より、プロフェッションフィーを設定、要求して行く方が国民のコンセンサスを得られると思う。」最近の医療改革の中に「ドクターフィー」なる文言がありました。官の発想では碌なことになりません。医療費抑制のためのもので、出来高払い制の都合の悪い所だけを取り除く為(定額制への移行)の新語となるでしよう。 【
ますます増える医療事故、その責任は国民、国、マスコミにあり。】 15年程前に、医療事故はどんどん増えるよと舎弟が言った。その理由として、医学部の偏差値が最高となり、関門をクリアする者は、小学校から受験戦争に参戦し、対人関係は競争相手以外は皆無と云う形で大人になり、国家試験までは知識の蓄積でクリアする。そして医師免許を取得する。そしていきなり患者と云う人間と対面することになる。彼の頭にはデータとマニュアルしか無い。患者と云う人間を診る余裕も術も持たない。まして同僚のしていることに気が回る訳がない。医師に限らず、看護婦も同様である。彼等、彼女等同志の連携も型どおりのもの、伝承、カバーしたり、されたりの雰囲気も無い。又経験を積んでも、後輩の指導する能力が無い。する形も期待出来ない。ベテランの医師の負担が倍増以上増し、肉体的にも、精神的にも疲労が蓄積し、対処出来ない状況となりつつある。事故は起こるべくして起こる。又、私自身10年以上も前に感じ、ある所からスッパリ身を退きましたが、「個人の尊重」をやたらに強調し、「オセッカイを否定する=面倒も見ない」形が「レギュラーの留年」を生み、同僚も、上級生も全く感知してなかったと云う状況に会い、部が消滅する予感(確信)を得たのであります。人間である以上ミスは犯します。医療の現場はいかに過酷になっても、人間の能力を超えた諸々のことが要求されることは変りありません。馬鹿な国民が「生命の尊さ」ばかり主張して、現場が「生命の尊さ」を無視する形となっていることに無関心です。過去には確かにマスコミの取り上げ方で一見増えている感じを与えている形のものがありました。しかし、今は確実に増えているのであります。では、どうしたら良いか、勉強しないで遊んでいた者、課外活動のやり過ぎで受験勉強出来なかった者を優先して入学させることです。机上の勉強が不得手な者=成績の悪い者、国家試験を通るのに苦労した者程「いい医者になる」と影では云われています。 医師の進路としての花形は、今では眼科、耳鼻科だそうです。昔は来手が一番無かった部門です。楽で、早く帰れて、他より汚いことが少ないからだと云うことです。某医科大学のおエライさんに提案したことがあります。救命センターは研修の必須部門とし、医師全員に修羅場の経験をさせるべきだと。看護婦も医療の現場を経験させた後に保健婦の道を開くべきだと思います。試験だけで資格を与える現在の形は医療の現場を混乱させるだけです。寄付金で入学させる道を堂々と作るべきです。塾にかかる費用がそのまま寄付金となり、知識漬けの頭しか無い者を排除することにもなります。そしてハートを鍛える教育システムを確立させるべきなのです。課外活動を重視することになります。しかし、医科にはそうした教育をする人材がおりません。一層のこと一般大学を卒業した後に医科コースに進む形をとるシステムの方が合理的だと思います。一方、医学が進歩し医療が高度なものになるに従い、医療の原価はどんどん上がります。医療産業の為に働く医師・歯科医師は将に奴隷です。しかし、国民が望む、主張する医療を行う体制の確保することに国民も、政府も、政治家も「NO」と言っています。もうすぐ倒産閉鎖となる大学病院が出て来ると思います。金融機関が持ちこたえられる状況ではありませんから。ルールと能書きだけは一流国ですが、実態は、逆進国と云うのがぴったりの状態で、医療制度は崩壊寸前です。迷走日本の行き先の予測は出来ません。しばらくは流されながら様子をみる以外ありません。ホワイトニングだのエステだのがもてはやされている歯科の現状、嫌になりました。所謂埋伏知歯を15分で抜歯し、いれた仮歯が良過ぎて、これでいいとされて来なくなる患者が多い私、年喰ったせいか、嫌になりました。歯科医師のために、良質で安価なレセコンを開発市販したものの、どう比べても質の悪い上遥かに高いレセコンを買う歯医者の感覚にも嫌悪感を持ち始めました。歯医者辞めて売れない本でも書く以外やることがなくなったようです。お先は真っ暗な押し出されて医師・歯科医師になる者が可哀想と思う今日この頃である。 【
保険導入の背景
】 電気仕掛けであること。数値が示せること。安全性。が導入の基本的要件と聞いています。そして厚生省から歯科医療産業への天下りが関係し、天下りに順番があれば、導入される機器のメーカーにも順番があります。順番が回って来る時に、手頃な機器があり、歯科医療界の時流にマッチしていれば、保険適用となると云うことのようです。今後予想される機器は「ク合圧、咀嚼能率」の測定に関わるものだと思います。介護保険からみでは「嚥下機能の回復のポイントは歯科にあり」と云うことが理解されれば「上顎用の嚥下機能回復義歯」の登場となるでしょう。ここで官のやることは義歯に替わるものとして低点数評価です。条件を色々つけた形の指導料を新設して逃げ、結果的には歯科医療費の削減を図ります。 【介護問題のポイントは・・・】 介護のポイントは介護を受ける者にはありません。介護する側にあります。介護する者も大変なことは判っており、腹を決めてかかりますのであまり問題になりません。但し、老人の生態、心理等について予め知っておく必要はあります。クドイ、同じ話を繰り返す、昔話が多くなり、もの忘れがひどい等は正常なのです。我儘、感情の起伏が激しいのも正常なのです。昼間うつらうつら良く寝ていれば夜寝れなくなるのは当然です。昼夜逆転も正常なのです。寝たきり状態になったばかりの時は、いらいら、まわりにあたる、ワメキ散らす等暴言が出るのも当然で、自分の状態に諦めを感じた時、所謂問題行動は減ります。この流れも正常と云えます。拘縮と云うのが厄介です。やたらに痛みを訴えます。気候、お天気の具合で起こるようです。リハビリめいたものをやればある程度解消しますが、リハビリは本人にやる意欲が無いと大きなお世話となります。必要性が理解されるうちは良いのですが、ボケてしまったら何もできません。解決策のない事については目をつぶり、耳を塞ぐしかありません。被介護人の云うことを全てまともに聞いて対応しよう、何とかしようと思う人は介護には向いていません。 介護を受ける者の環境にもっと目を向けるべなのです。環境と云っても場所ではありません。広い意味での環境です。介護サイドにいる人達、配偶者、子供、兄弟、親といますが、配偶者、子供の場合、一人なら問題ありません。複数いる場合に色々問題が起こるのです。この複数いると云うこととまわりの目と云うものが問題なのです。直接介護にあたる者と時々顔出して看ているつもりになっている者の存在。対象が母親である場合と父親である場合とではまた違ってきます。
近親憎悪と云うもの:そばにいて一番面倒を看ている者を一番悪く云う現象。そしてたまに顔出す者に色々不満を云う、平静を装う形があります(悪意から生ずるものではありません)。それを真に受ける馬鹿な奴は直接介護に関与してない者に多いのです。そして日頃介護で苦労している者に注文付けたり、批判したりすることが多いのです。老人の生態について無知、老人の心理について無知であることが引き起こすのです。こういった事が一生懸命介護をしている者にとってストレスとなり、疲労を倍加させ、意欲を失わせるのです。このことが一番問題なのです。現行の介護には精神面、心理面の対策は無です。介護サイドへの指導(ヘルパー教育では無く)を大事と考えていません。何故そうなるか、介護の現場を知らない者が色々決めるからです。被介護人の過去を観てはいけません。企業のトップレベルで活躍した過去、弁護士、医師等は大方扱いずらい形となるのが定番です。単なる長年生きて来た赤ちゃんに過ぎないと思うことです。老人の大敵は転倒による骨折と風邪だと考えることです。 【 事例 】 (被介護者の状態) 母親が緊急入院する。検査をした結果悪性リンパ腫を発見、嫌がるのを抗癌剤による治療を続けさせる。「嫌なら止めればいい」としか云えませんでした。結果的に免疫能力が無くなり、ちょっとした傷がもとで敗血症に罹患し緊急入院。その時点で脳を犯されボケ状態となる。家事、家計一切を切り回していた母が、回復した時点で支払い、家のことで指示しないと云うことは脳がやられた為と考えるべきでしたが、病室に詰めていた者達はそうみてなかったのです。 父親は二階の一室でベット生活、単独で外出することが出来ないと云う程度(車イス使用)、持病として重度な糖尿病、腎臓機能の低下の二点。 (介護者は・・・) 5人の子供と母の妹が一人いました。子供の中、長男の嫁(丁度この病院に通院中=ツイデ)と長女と母の妹(独身)の3人が交替で病室に詰めた。と云っても病院出入りのヘルパーを雇用していました。従ってすることはあまり無かったのです。たまに遠方から次女が顔出す。母を対象としての流れが主。「自宅の父親をどうするのか」と云う話題は全く無かったのです。将に父親の宿命です。 父親のいる自宅では三男が仕事をしていました。三男の嫁さんが「私にはお父さんを看れません」と次男の嫁に言いに来ました(三男はそのことを知らなかったようである)。次男の嫁は料理なら苦にならないからと父親の晩飯を引き受けました。結果として母親の所に顔出すのはたまにと云うことになりました。作った料理をタッパーに入れ、自転車で実家まで運び、盛り付けし父親の食卓に奈並べるのは次男の役割。晩飯当番をしているうちに、長年年寄りが生活していた家に色々問題を見つけ、次男は昼休みを延長し、5時に店をしめて実家に行く形をとったのです。そして、毎日行く間に、長年してない部屋の掃除を手掛け、風呂の改造、階段、廊下に手摺、掴まる所を付け、物置化していた応接間を片付け、バラバラ落ちる塗り壁に新建材を張り、絨毯を剥がし快適な居場所にしました。なんとゴミ袋代に一万円かかりました。ゴミを捨てるのに色々な場所に分けて深夜置いてまわりました。最初に手掛けたのが母親が退院した時に使う部屋の掃除でした。天井にはちり埃の束がいっぱい、感染に弱い身体であることから不潔な部屋であってはならないと、洗剤をかけては拭き取る形で壁柱まで拭きまくったのです。台所、居間からその部屋を通らずに他の部屋に行けるように、廊下を片付けて人が通れるようにもしました。しかし、私のその行為をまず実家を盗りに来たと云われ、更に「家を漁っている」「金目のものを取りに来た」といいふらされ、兄弟は皆それを信じたようでした。全然病院(母親の所)に来ない、何もしていないと言われる始末。毎日の晩飯を作ると云うことは毎日拘束されることで、週に2日病院に詰めること(付添いヘルパーがいる所に)とどっちが大変か比較する頭が無かったのです。母親の妹はお爺いさんは○○ちゃん(三男)が看てくれているから安心だと云っていました。「看ているのは俺だ」と思いつつそのうち判ることだ・・・と聞き流していました。たまに三男が二階に顔出すと父と怒鳴りあいの喧嘩となりました。原因は次男の行動の悪口が殆ど。たまーに長女、次女が自宅に顔出すと云うことになると、三男の嫁は何時もそうしているような顔して実家に詰めていい顔していました。娘が顔出す時には次男は退く。夕方になって「お爺ちゃんの夕食は私が作りますので今日は休んで下さい。」連絡が入る。もう下こしらえは終わっているのです。「朝の内に電話ちょうだいっ」とかみさんは怒る。かみさんの作る料理に批判が・・・「お爺ちゃんは糖尿なのに・・・」とカロリーが云々と能書きたれる(嫌味である)。その実病気のことなど何も判っていないのです。母親は入院して状態が安定した時点で、私は頭をやられてしまい正常では無いと看たが、他は正常になったと思い込んでいました。もし正常なら、一日3万5千円の部屋を出ると云う筈、入院費の手配、指示が出て、家についての指示と色々ある筈。何も無かったのです。家の財政、きりもみは母が全て行って来て、父親は全く知らないと云う形でした。 当方父親の食事当番としては病院食の超贅沢版を提供していたのです。甘味はパルススィートを活用し、素材も特別なもの、栄養を摂ることを優先すべきで血糖値は高値安定とし食べたいものを食べさすことを第一としていました。「・・・が食べたい」と云えば即対応、ローストビーフは帝国ホテルから(患者さんに頼んで買って来てもらう)、穴子は近くの和食レストランに頼んで仕入れ、料理をして貰う。甘いものが好きだから、希望に沿う。糖尿病など関係ない、それより栄養を摂る方を考えよと云う医師の指示もある。晩飯はご飯と吸い物、野菜(和え物)豆腐、豆、サラダ(とまと)そしてメインのおかずと少量にして品数を多くし、色トリドリとした。仕事場の近くの農家で直販しているほうれん草は噛み切れたが、八百屋のほうれん草は駄目だった。微妙である。次男のかみさんは料理(和・洋・中)ではプロなみの腕である。一年一ヶ月の中で、外出して付き添ってくれた人の家で食事したと云う日と体調を急に崩した日の二日だけ我が軍の料理を食べませんでした。そうそうもう一度ありました。弁当の形で届けて、当方家族で外食しに出かけた時のことでした。後で寄ったら殆ど手が付けられて無かったのです。どうしたっと聞いたら「タッパーの蓋を開けることが出来なかった」と云うのです。そこまで力が衰えていたのです。「気がつかなかった」といい勉強しました。あとはきれいに食べました。父が食べ終わるまで、待ち、風呂に入るのを見守ったりして帰るので確かめております。 久しぶりに病院に行った時、ヘルパーさんに聞かれました。「フミヒコさんって貴方のことですか?」「はいっ」「この前、お母さんが初めて家のことについて、お爺さんを枕もとに呼んで言ったんですよ、家のことは文彦と相談してやるようにと。」一番信頼され、頼りにされていた私が一番の悪者にされた経緯を考えて頂きたい。そうなることは最初に予測し、かみさんにも「貧乏くじ引いたが覚悟しておけ」と言ってありました。母親側にまわった者は良い人、父親側に回った者は悪い人となるのが介護の相場なのです。そして中に性格の悪い奴がいると自分の行いを隠す為に別に悪者を作りに精を出すようになります。皆自分の行動を正当化し、都合の悪い状況を非難するようになります。両親から絶対的信頼されていた次男は排斥されっぱなし。母は嫁に行った妹2人は外に出た者として家のきりまわしについては話してなかったのでした。 母が一度でいいから故郷に行きたいと言っていました。まさか父より早く具合が悪くなるとは思っていなかったと云うことです。父が入院している時、「今のうちに行くか?」と誘ったら「そんなことは出来ない」と母に断られたのは最近のことでした。父が逝った後、苦楽を共にして来た妹と行くと云うのです。もう無理と判断した次男は母の故郷に行き、昔の光景をカメラ(ニコン・オートフォーカスを借りて)に収め、写真屋に出したら何も撮れて無く、カメラの故障が原因だったのです。再度木曜日に早朝の特急あさまに乗り、村中を歩き廻りシャッターを押し捲りました。アルバムを作って母に届けたところ中の一枚の写真を見て「あっ―私の家だ」と叫んだのです。その家は場所は同じでも造り替えられていていたのですが、裏のあるアングルから見ると名残があったのです。次男はその写真一枚にかけていました。母はこのアルバム貰っていいかと云うので「行った甲斐があった」と胸に込上げて来るものを感じながら次男は病院を後にしたのです。兄弟は「スタンドプレーだ」と非難しました。「タンスの中はそのままにして置くように」と云う電話を貰ったり、お勝手の工事は止めるようにと変な指示が来たりしました。空調機を付けたり、風呂を改造したりして親の金をドンドン使っていたからでしょうか。どうせ後には三男が入る家、後々使えるものについてはいい物を買いました。台所も三男のかみさんの希望を聞いて改造しようと思っていた矢先のことでした。この辺の情報は父がグチめいた形で誰かに言ったのでしょう。話題が無くなってしまった年寄りが良くやることです。大概トラブルを起こす基となります。母が買い集めたハンドバッグ、いいものも沢山ありました。痛まないように保管法をかみさんに聞き、区分けしてダンボールに入れ収納しました。所がいいものを持って帰っていると云われてしまいました。持って行ったのは妹でした。次男のかみさんはブランドもので高価なものなら何でも欲しいと云うタイプではありませんでした。オーストリッチは気持ち悪い、鰐革は嫌い、ひとつも欲しいものは無いと云われました。クリスタルの花瓶も沢山、陶器(花瓶)も沢山ありました。この類の収集の動機を知っている兄弟は次男以外おりません。中の古ぼけたガラスの花瓶を長女に「お前が持って行け」と云いましたら「そんなものイラナイ」と云うのです。その花瓶の由来を説明しました。「私が貰います」と云うことになりました。その花瓶は母が父と一緒になり、歯科医院の書生となり、歯科医師を目指していた頃、ある医者の所に手伝いで働いていた時、そこの奥さんにプレゼントして貰った「綺麗な赤い花瓶」だったのです。こんな綺麗な花瓶を買えるように成りたいと心底思ったと云う話を次男は聞いていたのです。 「そう云えばお母ちゃんのそばに何時もこの花瓶があった」と長女が初めて知って持って行きました。夏の終わりに母は亡くなりました。実家は父独り、三男に同居を勧めたが拒否(父が他界するとすぐ引っ越して来た)。 その後の父の介護は 長男のかみさんに、「ご苦労さん」とそっけなく言われた次男のかみさんはとうとう頭に来て「あんな言い方されて・・・もう一年過ぎました、皆さんに代わって貰います」と云うことになってしまいました。ヘルパーを三人にまでしたこともありました。買い物・食当で一人、身の回りの世話で一人、話相手に一人と云う訳である。しかしヘルパーとなってやって来る者はシタタカ者、3倍の効果は全く無く、決まった仕事を分担して楽することになり、無駄なお金を使う羽目となったのです。連れ合いを亡くした夫の生きる期間の平均値は1年半と云うことです。翌年の5月亡くなりました。誰もいない所を見計らって外の知り合いに電話して愚痴ったことも後で判りました。「あの先生も最後は可哀想だった、冷凍ものの手抜き、まずいものを食べさせられていたようだ」なんて話をその息子とは知らずに私に話したご婦人がいました。 ここでは言えないことが沢山ありますが、みっともないのでやめます。介護に関わる方への参考となる程度にしておきます。 【 税理士は不要・・・ 】 皆さん納税処理をどうしているか知りませんが、税理士に多額のお金を払って処理している人が殆どでしょう。一番大変な作業である伝票を書かされて、それを渡された税理士はバイトを使ってワンパターンの数値入力をパソコンで行い、ボタンを押して印刷されるその年の帳簿、申告書に転記してはいっお終い! 税理士に金かける位ならその1/3でも税額を増やしてやった方が、国の為、調査対象になどならずに済みます。節税(合法的)について真剣に考えてくれません。又基本的に税務署サイドに立ちます。会計ソフトが低価格化し、操作が簡単になるに従い、そして一世代替わる頃には税理士不要の時代となります。「仕分け」に慣れれば(理解しようと云うのではありません。実例で慣れることですと云う意味)後は全てコンピュータがやってくれ、ボタン押せば必要な書類、帳簿が印刷されます。会計ソフトは3万円のものも20万円のものも同じです。年間のデータ入力などに時間はかかりません。
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