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回想 ・・・・・・・・・・・・・・一読すれば日歯ってどんな所、
【ケース@】 歯科が全国的に袋叩きにあった翌年の春、川崎執行部が任期中途にて体調崩し退陣し、山崎執行部が誕生した。昭和52年3月のことである。その時、広報委員に指名された・・・35歳の時の事である(最年少と云うことでした)。第一回日歯広報委員会が開催された。当時の会長、専務により日歯の現状がつぶさに説明された。「関係各方面との関係修復」が当面の最重要優先課題であり、大方終わった所だが「新自由クラブ」との話し合いの場が持てなく頭を痛めているとのことであった。 委員会終了後、専務に申し出た「新自由クラブなら河野洋平でしょ。すぐ席を作りますよ」と。・・・・・・「うんその時は宜しく頼むよ」と云う返事が返って来た。「アレッさっきは話し合いの場が持てなくて・・・云っていたのに・・・何で???」暫くして判ったのであるが、要するに私が日歯初見参の若造である為相手にされなかったのである。「我々がこんなに苦労して駄目なのに、お前みたいな若造に何が出来るか・・・」と云うことなのであった。「名も無い、役職にも就いてない会員の中にはトテツモないコネがあることだってあるのだぞ!」と云うことが判ってないのだ。当時私には政財界へのとてつもないパイプがあったのである。そして「気に入った、お前の頼み事は何でも聞いてやる。俺に出来ないことは日本では無い。」当初は「この人おかしいじゃないか」と思った。がその通りであった。この人に電話一本かければ、手配してくれ、即日指定の場所に河野洋平氏が出向くと云うことだったのである。(そのパイプは61歳で他界してしまったが、当時はテレビ朝日の専務の任にあった。私の後見人となったのは報道本部長の任にあった時である。彼は毎月赤坂で一久会:今の日本を動かす会、二久会:次の日本を動かす会を主宰していた。竹下さんは二久会にいた。)湾岸戦争が始まることを事前に教えてくれた。中曽根内閣を作ることも、その理由(風見鶏と言われているが擬態かも、昔の元気の良さが出ることを願って)を聞かされ、今から角栄に会って決めて来ると云うのである。黒塗りのテレビ朝日の車で社旗をはためかせて豊島園に帰されたことがしばしばあった。河野一郎の番付け記者(朝日・・・政治部次長から格上げ左遷でテレビ朝日報道本部長になるも力は変わらず、民放の発展に寄与した)に始まり、池田隼人総理と親密となり(記者の禁止事項を破り)以来、日本の情報通NO1となり、フィクサーとしての位置にいたのである。その存在を知らないと云うことは政治的にレベルが高い所にいたとは決して言えないのである。このとてつもない大きなフンドシで思う存分相撲を取ろうとした矢先に死なれてしまった訳。広報の企画で、「新厚生大臣に聞く」と云うインタビュ−の係りを引き受けたことがあった。誰がなるか不明の時に、誰でもOKと云う形で。しかし、一向に手を打ったその筋からの連絡は無く、ある金曜日の昼に日歯広報課から連絡があり、「明日の12時から1分間だけ時間を取ったので行くように」という。
その直後「馬鹿野郎!俺に頼みがあったら赤かなんかで印を付けておけと言ったろっ!今からでも間に合うのか?よしっそのまま電話の所にいろっ!」待つ間も無く電話が鳴り、「おいっ!奴(渡辺厚相本人)は暇だと言っているから、すぐに今から言う電話番号に電話しろっ、お前の都合のいい日、場所を指定しろ、奴はそこへ行くと言っているから、これでいいなっ!」と云うことになった。しかし日歯政連の顔もあるから変更はしないで欲しいと云うことだったので、1分間を30分に伸ばした。インタビュ−は10分足らずで終わったが、後は雑談で30分付き合ってくれたのだ。当時就任したばかりで、挨拶まわり、厚生官僚のレクチャ−あり、来客の山で食事する時間も無かった状況であった。しかし、私の後見人である彼には「ノ−スケジュール」の対応をせざるを得ないのだ。その厚生大臣は渡辺恒三氏であった。後日落ち着いたら、広報委員と一杯飲むと云う約束をして終わった。広報課の職員がその一部始終を近くで見聞きしており、「先生のコネってとてつもない人なんですね」と驚いていた。この人の名前を知る政連の役員は独りもいませんでした。S参議員もI衆議員も、その秘書も知りませんでした。中曽根総理も時の大臣を務める議員さんは全員知っており、皆さん私の話を聞き、決まって「どう云う関係か、よしなにお伝え下さい」と云われました。大手企業の役員のトップ会では名前が飛び交う方でした。赤坂、新橋の芸者の人気投票NO1でもあり、今でも「偲ぶ会」が行われていると思います。ある芸能記者が「あの人のエピソードで週刊誌は半年売れる、でも誰も書かないでしょう。日本になくてはならない人でしたから、皆そう思っているでしょうから。」と云っておりました。 【ケースA】 鋳造床の保険導入問題で揺れ動いた時、当時の厚生大臣は早川氏であった。その厚相が最終的な意見を求めたのは霞ゴルフクラブのメンバ−である歯科医師(補綴専門)F氏にであった。後日差額徴収方式の復活となり、総義歯が設定された。反対が多い?中で決定されたが、私は当初から賛成だった。メタボンも、他の自費ケース全て対象とすれば良い。但し、差額徴収の為の点数表を別に作ることが前提である。当時の保険担当常務をはじめ名の知れた保険屋はその意味を解せなかった。「点数が同じだから必要ない」と言うのだ。設定点数が同じでも別に点数表を作ることにより、自由診療の補填であることが明示され、保険診療と切り離すことになるのだ。保険診療の点数表に載っていると云うことは保険診療である以外の何者でもない。こうした曖昧さが後になって命取りとなるのだ。保険に(模)が導入された時の厚生省との攻防として記載場所を何処にするかがあった。点数が同じだから何処でも同じだと云う考え方しか出来ない者が折衝に当たっていたら、今頃は対象が補綴に限られていたことであろう。つまらぬ所に○を付ける代わりに、レセプトの冒頭に記載場所設置することを飲ませた経緯がある。記載場所で適用範囲が決まるのである。 【ケースB】 歯内療法の評価が大幅になされた背景には、武見太郎の厚生省への指示があった。何故武見さんがそうしたか・・・当時麻生家の大事なイベントがあり、通常なら武見さんが仕切る筈だったが、日程上不可ということで、日本歯科医師会会長の肩書きでも十分と云うことで、武見氏は山崎会長に代役を頼んだのである。そして無事大役を果たした後、武見氏からお礼の電話があり、その際「山崎君、歯科では歯内療法が大事だ、評価するように厚生省に言っておいたから」その結果史上初めての上げ幅となった。 【ケースC】 ポリスルフォン酸樹脂義歯の保険導入についても色々取り沙汰された。私見だが、小暮山人氏が日歯の推薦を受ける前は、独自に立候補して落選を続けていた。当時、稲葉法相は田中角栄氏にとって頭に来る存在であった。その稲葉潰しの選挙をしたお返しに、厚生省への圧力となり具体化したものと私は解釈している。歯科医師会の推薦を受けて参議院議員となったから、やれた訳では無い。そんな力は歯科代表の参議院議員には無い。同じ頃、NiCro合金の歯冠修復に使用している問題が起きた。しかしさかのぼって保険導入処理されてトラブルにならなかった。これは大分県歯科医師会(政治団体として全国一の評価を受けていた)の政治連盟を指揮していた毛利氏の政治力のなせる業であった。 それならば、私のパイプで何かやれると、M氏とアポイントをした。かみさんは心配して「何をどう頼むのか」と云うので、「・・・・・・をしてくれなければ、かみさんを食わせられない」と言うつもりだと答えた。「歯科の事情を説明して日本の歯科医療の為に・・・」などと言おうものなら「馬鹿!日本はそれどころではないんだ、歯科なぞどうでもいいんだ」と相手にされないことは判っていた。「カミサンを食わせられない」と云う理由の方が通るのである。多分総理大臣に電話をし、「・・・・せい」と命令して終わることなのだ。どうでもいい位置にある歯科問題はどうにでもなるとも言えるのである。その時やろうとしていたのは「再診料を医科並みに」と云うテーマでした。しかしながら、会う約束の前に急逝されてしまった。 選挙が近付くと、候補者の行く先々に広報委員は出張取材した。イベントが終われば懇親会がある。広報委員の座る席は政治家(来賓)の末席であった。隣に初対面の代議士がいても話題に困るものだが、その人の名前を出すことにより相手が大物であればあるほど話がはずんだ。 【ケースD】 千葉県の話題ひとつ、竹下総理が中国かなんかに出掛ける時、千葉県の医師会政連が地元の推薦議員が随行すると云うので餞別を渡したい、ついては医師会が80万、歯科、薬科で10万ずつで100万・・・と云う話があった。当時、日本歯科医師会政連には、ここ一番、有力議員に合って・・・するに際して、献金の20万を用意するのが精一杯という状況であった。会員は日歯が政治資金を相当使っていると思い込んでいる。年に3万の拠出が多額だと思っている。運送会社は月額3万、選挙時は別に対策費を拠出し、パ−ティ−券等は別口で買うというのだ。日歯政連に政治力なぞある訳が無いのである。又政治を動かせる財力も無いのである。高い政治連盟会費を払っていると云う会員の認識がお粗末なのである。医師、歯科医師は患者さんを抱えており、票を持っていると云う幻想が政治家にあることは確かである。票を握った形の政治活動している歯科医師会は全国に数えるほどしかない。医師会の財力は歯科医師会の比ではない。それでも武見太郎氏が去った後は見るも無残である。武見さんが力があったのは、医師会の会長だったからでは無く麻生家の一員だったからである。 【ケースE】 既に引退した浜幸氏は日歯では推薦されていなかった。千葉県技工会、日技が一所懸命応援していた。やってくれているのだから少しは口利いてやらんと・・・と予算委員会で「・・・・・」と付けたし程度のことを言った。それが大変な騒ぎとなってしまった。彼の無二の親友に歯科医師がおり、ことある度に日歯に「提言」していたが日歯は真剣に聞かなかった。後日、技工料の比率70%と言うデ−タが出て、日技はその背景を無視して70と云う数字を一人歩きをさせて現在に至っている。当時の練馬区技工士会の会長が、自民党支部会で「我々が型を採り、作って入れた方が安く、良い入れ歯が入る」と云うのを聞いて「こう云う馬鹿云う奴と知っているのか、しっかりしろっ歯科医師会さん」と電話して来た自民党幹部がいた。日技は専門家会議などと称して、報告書に「デンチュアリスト」を認めるような一項を盛り込み、日歯は黙認したと代議員会で問題となった。以前から、日技は参議院選挙の後援会名簿の差出と交換条件を日歯に要求して来た。それを拒否し、日技からの名簿は無いものとして選挙活動を展開すると決めた経緯もあった。しかし、N氏は技工士会の後援会名簿が欲しかったとみえて、魂を売ってしまったようだ。自分の為には一生懸命、会員の為にはならない存在であることをバックにも認知されて降ろされる羽目に至った。判らないのはそうした人物を組織代表の候補としていることである。 【ケースF】 K.S氏が比例区名簿搭載順位2位(実質トップ)となった経緯は名簿搭載順位の決定は最終段階で行われる名簿の信頼度調査の結果で決められるが、そのデータは非公開、秘密とされ、どう転がるか読めない形のものがあった。まして派閥順もあり、1位は決定している中で、一人ずれることは4〜5位下がることになる(派閥順に搭載する形で)。シングルを目指した日歯政連は精一杯のことをした。何があったか・・・調査機関(電通・博報堂・明電舎)と自民党の職員が積み重なる名簿の中から無作為抽出を行った。・・・M氏はその日の中にそのコピ−を入手したのである。そして身元のしっかりしているアルバイトの中から更に選りすぐって、電話をかけ指導したのである。名簿上の2人をやって一人跳ばす形で、効果が100%ではまずいからである。結果として無視できない成績(当然75%と云う正解率)となって現れ、2位になったのである。その裏付けとして「電話シール作戦」を展開されたのであり、その効果などある筈はないが「説明が付く形」を作る為に600万の金を捨てたのである。 私が広報委員会で「無作為抽出であっても、それくらい何とか出来るだろう・・・」と云うような発言をして、Mに止められ、委員会終了後に「私が関わっている以上大概のことはしています。あのことはもう口に出さないで下さい。ちゃんとやっていますから。このことは会長と私と貴方だけの秘密です。いいですね。」と言われました。もう時効だから披露しました。 【ケースG】 栃木県と云えば以前は渡辺派と船田派の両派でしのぎをけずっていた。当時勢力一番の船田中の後援会長は歯科医師であった。しかし選挙となっても日歯の資料にその会員の名前は出たことがなかった。栃歯政連は渡辺派だったからと云うのが理由だったらしい。 【ケースH】 数年前のことである。細川執行部のもとにいた鮫島議員の要請で「 ODAに歯科保健医療の案件を」と云う企画書を外務省に出したことがある。その間に「ODA始まって以来初めての歯科の要請=スリランカ歯科大学の再建」が出たのである。1954年にODA発足以来初めてのことである。外務省の無償援助課の課長と面談した時、彼がその援助要請書を見せてくれたのである。予算化は無理と言われた。しかし、役人をして予算化をさせる殺し文句「来年は国際口腔保健年のスタートの年、記念事業として予算化をしてはどうか」と一押しした所、態度が一変し、手帳にメモって「いけます。一つ外からの運動が欲しい。」「日本歯科医師会の要望と云う形でどうか」「十分です」「仕切るのも日本歯科医師会でどうですか」「願ってもないことです」と云う経緯があったのである。このODAを日歯で取り仕切る件を持って行ったが日歯は話しに乗らなかった。時の常務はODAって何なのか判らなかったようである。 この件に関しては、当時外務省に提出した「ODAの案件に歯科保健医療を」と云う企画書を別に掲載する。@歯科医師過剰問題A定員削減に伴う歯科大学の経営問題B歯科医師の活動(仕事場)の場の拡充C国際渉外部への資金調達の道等日歯が抱える問題への対応策として立派ものと云える内容となっている。省の担当課長と会うことになった時、鮫島議員の要請で具体的企画の作成を依頼され、カンボジァ編(村居氏からの資料を参考にして)を作成して提出した。【ケースI】 どうも日歯は厚生省の手のひらの上でしか動けない、手のひら内の発想しか出来ないようである。経済白書に「医療費に関すること」が初めて載った時、「ゆゆしきこと」と当時の M専務が云ったが、大事として取上げられなかった。厚生白書には載らないが経済白書にはびっしり載せられると云う形がある。どちらが重きを置かれるか、経済白書に決まっているのである。「特定疾患」なるものを発想し、その医療を特定疾患指定医療機関にて診る形として、高額請求に繋がる検査機器の適性配置を行い⇒「所謂検査漬け医療対策」としたと判り易い説明がされていた。因みに「薬漬け医療」と称して薬価の切り下げを躍起になってやって来たが、完全に失敗した。下げられた薬を使わなければ良いと云う訳だからである。今回新薬にまでチョッカイ出そうとして止められた。今回の改正205円ルールの撤廃は、これまで「所謂薬漬け医療対策」の失敗で、内容チェックしか策がないと云う考えで出たことで、書かす手間を課すことにより減るだろうと云うコソクなやり口。【ケースJ】 今でこそ相互乗り入れ ?が多くなり?話題にはならなくなったが、診療報酬点数表には甲、乙表がある。医科は乙表を採った。歯科は甲表である。何故甲表を採ったか? 日歯の偉い人達に聞いてみた。結局根拠は無く、時の日歯会長が武見に対抗意識過剰で「奴が乙なら歯科は甲」と云うお粗末な発想によるものであったらしい。再診料の差はここから生じた。武見太郎の発想に日歯は協調しなかった経緯の中で、差がつき今に至っているのである。それにしてもこんな大事な選択が何の根拠も無い形で決められたとは思いもしなかった。【ケースK】 日歯広報で「保健所の将来」と云うテーマで特集したことがある。私が当番となり、自治省、厚生省の外郭団体、保健所協議会等各方面より資料を取り寄せ二頁の特集記事を仕上げた。私のオリジナリティはひとつも無かったのである。ところが日歯公衆衛生委員会からクレームが寄せられた。「内容に責任が持てない・・・」と。アンテナが厚生省にしか向いて無く、手にする資料が厚生省が出すものしか無い委員会がクレームをつけること自体オカシナもので、勝負は最初から付いていたが。当時の副委員長から請求があり、全資料を送ってやった。「内容に責任など持って頂かなくて結構と云う形で」グーの音も出なかったようである。当時、私は自治体研究社中のある部署に資料の提供を求め、保健所問題を検討しているあらゆる機関の報告書、答申書・・・推進派と反対派双方の資料を入手し、特集記事を書いたのである。無知な委員会の批判など取るに足らなかったのである。 【ケースL】 当時の広報委員会は新聞、テレビで歯科の件でおかしな取上げ方をされた時、広報委員会のレベルでも抗議、指導をしていた。委員会開催当日にはその結果が報告された。広報の編集だけをしていた訳では無い。独自に得た情報の交換も良く行われた。最近の広報の活動にはそんな気配は全く感じられない。 【ケースM】 昭和 52年だった思う。対外PR部門では、私は朝日新聞を担当したが、歯磨きの方法で、ローリング法を否定しスポンサーに泣かれたことがあった。常務に泣きつき文章を直してくれと。L、K社を呼び自ら、認めて(ローリング法は清掃効果の点で劣るものである。間違った指導はやめよと云う事を)転換するよう指示したことがある。彼等の結論は「ローリング」と言う言葉を使わないことで、国民の頭から、消えるのを待つと云うものであった。よくある企業の手口である。しかし未だにローリング法が良いと指導している歯科医がいるらしい。以後コマーシャルが変わったり、元に戻ったりしながらも方針が実行され今に至っている。歯磨剤不要とも書いたことについてもトラブッたこも付け加えて置く。この家庭予防歯科シリーズは朝日広告賞をとった。又新聞の一行15文字から、13文字に転換されたのも日歯広報の対外啓蒙活動の一環がそのきっかけを作ったのである。ライオン歯磨KKのクリエイティブルームを何度も泣かせた。当時の啓蒙記事(読売新聞:花王がスポンサー)で「王」のホームラン王を話題にし、噛みしめたため歯がぼろぼろになった・・・と云うものがあった。私はクレームをつけたが受け容れられなかった(私の担当でなかったこともあり)。「噛み締めたらホームランは打てない。スポーツにおいてポイントとなる所では歯は離れている、絶対噛み締めてはいない」「球を打つ瞬間は上下顎は離れているものだ。技をかける瞬間も然り、重いものを持ち上げる瞬間も然り」喰いしばり現象は精神的に負の状態で発現するものだ。大事で良い状態であるように言われているが、間違っている。数年前、日歯で噛むことの大事さをテーマにシンポジゥムが行われた。日歯の事務局にどうぞと言われたので聞きに行った。事前にシナリオを見せてもらい目を通した。相変わらず馬鹿言っている。シンポジゥムを壊したくないので、事前にメモを座長(読売新聞の特集をしているデスク)と陣内(元バトミントン世界選手権保持者)に送った。結果は無視された。「歯を喰いしばってスマッシュ出来るかイメージして見れば判る筈」と。最近、女ラグビーが紹介された中でスクラムを組む時歯を喰いしばると云うクダリがあった。歯を喰いしばってスクラム組めば押し捲られてボールは全部敵の思いのままになるぜ。もう俺は怒った。NHKの試して合点で扱って貰うか!。 【ケースN】 特別措置法の改正がなされる時、交換条件として、勤務医に対して%は少なくても適用することを示すべきだと言ったら「彼等は会員では無い」と云う答えが帰って来た。取られぱなしで終わるより少しでも歯科医師の為に取ると云う意識は無いようである。会の存在価値を入会前から示すのも大切だとは思わないのであろうか。 【ケースO】 行革の中では、保健所の所長は医師である必要は無いと云う考え方が主流である。地域の保健医療施策は事務方主導の方が順調に進む。世をひねた医師がリーダーシップを採ってもこじれるだけでかえってマイナスと云うことは確かである。そんな流れの中で保健所所長に歯科医師もなれる道を作れと要求するのはナンセンスであり、行革の何たるかを判ってないと笑われるのがオチである。まして歯科衛生士法の改正は保健所には歯科医師は不要と認めたと同じことである。 【ケースP】 歯科医師会の殆どは政治連盟を組織してもムダであることは確かである。政治連盟は日歯だけにあれば良い。都道府県レベルでまともな政治活動をしている所は数える程しかない。政治活動の仕方については議論はあるだろうが、日歯には必要であることは確かである。政治家と肩を並べて写真を撮る、やあ先生と云われて握手出来ることを喜びとしており、面と向かって云うべきことも言えない者ばかりの歯科医師政治連盟など要らない。本会の役員になる為のステップとして政連があるのでは無い。本会の役員になれなかった者のために政連があるのでは無い。日歯政連は議員を出すことが目的で、後は何も無いと云っても過言ではない。もっとも常時活動するにも資金が無い。我が地区で政連への加入を拒否している会員がいる。彼曰く、政連の会計報告、活動報告書を見て、クダラヌ、入会の価値が無いと判断した結果の行動である。彼はマトモである。一人では淋しいだろうから俺も脱会してやろうかと考えている。 【ケースQ】 物と技術の分離論の展開が盛んだったが、どうやら逆手にとられてしまっている。50/100加算の計算にそれがみられる。そもそも日本と云う国では、技術、技能の評価はされない。単なる労働の一手段として扱われる形である。これは社会主義的発想であり、日本は社会主義の唯一成功している(これでも)国であることを認識すべきである。個人の能力を評価しない国、発明発見は所属する組織のものとなるオカシナ国である。そんな所に優秀な技術者、科学者は育たない。医療技術に対する評価をまともにする訳が無いのである。その何よりの証拠として、技術の評価の際、「それに要する時間は・・・」となる。時給ナンボの世界である。労働の一手段と云う路線上には技術・技能の評価は存在しないのである。与野党で過去に一度真剣に検討したことがある。結果は、医療費の適正化は不可(膨大なお金が必要であることが判り)と云うことになり、棚上げし、特別措置法を適用することでお茶を濁したのである。特別措置法の適用は医師会、歯科医師会で要求したことではなく、議員立法の形で与野党合意のうちに決められた事である。その期限は医療費の適正化が成るまでと云う付帯事項付きなのである。優遇税制と攻められるイワレは無い筈の問題なのである。が、時の経過が改廃の対象としてしまった。私見だが、経費よりプロフェッションフィーとして税額控除する形に転換させるのも手だと思うがどうか。「黒字の組合と赤字の組合を一緒にするのは不公平」などと社会保障制度を考えるにあたっての基本的理念「所得の再分配」を知らない議員が若手のホープと云われる世である。またマスコミも相変わらず無知で世論迎合をもって仕切るデスクの言いなりで記事を書き、報道する。正義の○○とは程遠い。ある知り合いの医師の長男、京都医大を出て、経済学部に行くと云って病院の跡を継いで欲しかった親父がカンカンに怒り勘当だ・・・と云うことになり、お袋さんに意見を求められた。その息子の主張は日本の医療をまともなものにする為には医師自身が経済学等の勉強をして取り組まないと駄目だ。僕がやると云うのだ。趣旨は判るが何もお前がやらなくとも・・・が親父の言い分だ。私は「それは素晴らしい、応援してやって下さい。但し大変かも知れませんが、現場を離れずに取り組むことが大事とお伝え下さい。」と答えました。ロードス島に向かう船の甲板での出来事でした。恐らく今はハーバードを目指している頃でしょう。 【ケースR】 社会保険指導者講習会なるものが日歯と厚生省の共催で毎年行われる。歯周病がテーマであった時、学術編では質問が出ないことは何時ものことであったが、取材のついでにある質問を出した。アパセラム等を活用する歯槽骨手術を「歯槽整形術では無く歯槽形成術ではないのか」と言うものであった。当時擬似解釈委員会では歯槽整形術として110点としていた。私の質問に対して、学術部門で講演した先生が「その通り」と言いながら回答に立ちかけた時、厚生省、日歯の保険屋がストップかけ、後日回答と言う処理をしたのである。そしてその質問は無かったことにされたようであった。どの手術分野かは学問上の問題で保険は関係無いと云う確信のもとにイイ質問してやったのに・・・、認められれば、簡単な歯槽形成術としてかなりの高点数となった筈です。又ある点数改正時のことであった。「加算」と云う言葉を盛んに使い出し、結果それまで算定出来たものを封じ込む作戦が展開された時のことである。私は「加算」と「逓減」の意味を説き、法律用語として正しい処理を法制局を通して厚生省に求めるべきだと立場をカエリミズ主張したことがあった。現行の保険請求ルール上の加算は殆ど逓減措置なのである。シンマの算定が可となる場合が多いのである。加算とは既定の点数に更に加えられることを云うのである。 【ケースS】 御巣高山の日航機墜落事故の際に歯科医師が身元確認に協力した。歯科医師ぬきには身元の確認は出来ない状況であった。しかし、依然として歯科医師は警察医になれない。医師会が反対するからである。感謝状もらってにこにこしている歯科医師よ、君は御目出度い。御巣高山の日航機墜落事故処理に群馬県歯科医師会が協力し、後日感謝状が来た。日歯にも。時の会長広報委員会で得意になって報告した時のことである。私と千葉のSO委員は「この時期に解決すべき課題があるでしょう。今がチャンスなのに、感謝状貰ってニコニコしている場合か、(馬鹿め!)」とやったのである。歯科医師は警察医になれないと云う矛盾を解決するためには、何も協力しないでいることである。困らなければ奴らは動かない。御人好しはやめるべきである。明日の歯科医師の社会的地位の確立の為に。せめて大学の法歯学教室員、出身者には資格を与えるべきでる。後は協力医の形でも良いと考えるがどうか・・・。この問題の解決を邪魔しているのは医師会なのである。口腔外科の標榜科名問題でも、医師会が散々邪魔したのである。医師薬の協調路線など有り得ないし、期待すること自体間違っているのである。「系統解剖学を履修してない歯科医師に麻酔師の資格を与えるのはおかしい」「歯医者はむし歯を治し、入れ歯をいれていればいい、歯医者フゼイが手術するなど認められない」と云う言動、態度をあからさまにする医師も少なくない。武見さんは怖かったが味方になることもあった。今の日医には力は無い。まして日歯の味方をする余裕なぞ全く無い。真剣に共闘などすることは無い。薬剤師会と日歯が組むことである。薬剤師会も日医の下っ端根性が染み付いてしまったらしく、未だに日医に尾っぽ振っているようで情けない。ペットからのウィルス感染、獣医の中にウィルス研究している者もいる。しかし、獣医フゼイに何が判るかと云う医師の姿勢、麻酔師は冷遇されている現状を見れば日本の医学、医療の将来なぞ無い。かくして日本の歯科医療はインプラントと審美歯科が花道を拡げ、その実裏切り行為が蔓延し、いずれ社会問題化すると思っている。国民はそれを主とする歯科医がレベル高い歯科医だと錯覚し、整形外科より接骨医を信用し、救急病院であれば何処でも自分に都合の良い専門医が待っていると勝手に思い込んでいる。もうこの国は駄目だ!!!!!!! 【ケースチ】 全国母子歯科保健推進協議会の取材中にあったこと日歯の提唱で母子保健関連の全国組織の代表をもって設置された協議会で、当面の目的は保育園に嘱託歯科医を設置することにありました。初期の目的が達成された後も縮小されたが継続して会は行われていた。その時のことである。ある団体の代表が「私たちこんなに努力して来たのに、厚生省発表のデータを見ると、子供たちの虫歯は一向に減ってない。何故なんでしょう???」と日歯に疑問をぶつけて来ました。日歯公衆衛生担当常務は回答していたが全く要領を得てなかったのです。会議が終わり昼食となり、空いた時を会長は自由討議にしました。私は取材の立場を離れ、先程の質問者が隣におりましたので、「先程の件ですが」と説明してあげました。「厚生省発表はう蝕罹患率をもって処理しています。乳歯の数は20本、虫歯が10本平均であっても、1本平均であっても、う蝕罹患率は変わらないのです。う蝕罹患状態のデータで見ないと駄目なんです。子供の歯が虫歯になっている状態は著しく改善されております。う蝕罹患状態の判定を健診の前面に出さないからこう言うことになるのです。仮にう蝕罹患率が1%変わったとしたら大変なことなんです。でも、そんなこと判りませんよね。誰でも判るようなデータ分析すべきですよね」乳幼児の歯科健診は虫歯の本数数え、詳細なチェックをすることは意味が無いと実施要領に明確に記されております。う蝕罹患状態の判定をし、各段階に合わせて指導することが肝要と。しかし現場の殆どはそうしておりません。大分年数が経って、厚生省は初めてう蝕罹患状態を基に「子供の口腔状態は著しく改善された」と発表し、朝日新聞に大きく出たことを記憶しております。「バーか、そんなこと10年前に判っていることだ」と笑っちゃいました。 @昭和51年を境にミルクが蔗糖ミルクから乳糖ミルクに一斉に切替わる。 A昭和51年から、6才未満が50/100加算となった。 B日刊紙をはじめ婦人雑誌等を利用して口腔衛生啓蒙活動が展開された。 そして数年後(理論的には3年後)から乳幼児のう蝕は減り始めたのであります。その根拠は@ABに挙げたことです。余計なことですが、以後、乳児の腹は下痢から便秘になった筈です。 蔗糖ミルクから乳糖ミルクへの転換ですから、それに合わせて病の傾向も変わると云うことです。 【ケースツ】 口腔衛生学会の取材中にあったこと。「砂糖をめぐるシンポジウム」の取材で出張した時のことである。パネラーの発言が終わりディスカッションに入り、お茶の水女子大の栄養学M教授の発言。「母乳は良いことは常識ではありますが、私の調査では、ミルクで育てられた子供より虫歯が多いと云う結果がでました。私の予測とは逆のデータが出て、理解出来ません。どう云うことなのでしょうか」口腔衛生の大御所S教授曰く「それはデータの取り方がおかしいのではありませんか・・・・あーっ情けなや---。S教授に直接インタビューを試みた。その問題について、「母乳を育児の手段に使う為、規律ある食生活を乱すから結果として母乳により育った子供のほうがう蝕罹患率は高くなると考えられますが、如何???」無視されました。日歯広報に提出した原稿のその部分はカットされたことは云うまでもありません。何も判ってないのであります。砂糖ゴッコ、ブラッシングゴッコ、ミュータンスゴッコ、フッ素ゴッコ、虫歯は感染するゴッコと口腔衛生学会は次に何が流行るかが一大関心事、
アホクサッ!!!!!!!! 【ケーステ】 意見広告はどの新聞にする 。日本歯科医師会でも意見広告をしたいが予算が無い。なんとかあちこちから捻出して七段(1500万)にて行うことになった。当時日医では全面(2000万)使用し、1億の予算措置をし5回連続行う形で既に実行されていた。どこで聞いたか「読売新聞」がアプローチして来た。「うちは医科と対決して行くが歯科を標的にする考えはない。しかし上からの指示がある。そこで意見広告は我が社にして欲しい。」と(当時、医療をどうすると云うシリーズを展開中)。しかし当時の会長はかっこうつけマンで「ヤハリ朝日に」と読売新聞を抑えることに価値を感じなかった。日医と日歯の財力の差を認識してほしいのである。【ケースト】 保団連と云う組織が活発ですが、歯科医師会にはあからさまに同じことは出来ません。一度日歯は保団連と非公式の会合を持ったことがあります。不成功に終りました。日歯幹部は「あんな連中とは話が出来ない」と云っていました。保団連の表に出て活動している会員は常識的ですし、真面目です。そのバックがウサンクサイのです。保団連に入り、役員として頑張った方が成果があるわよっ!と誘われた時、「この俺に後ろの連中と渡り合えってことか」「あらっ良く判っているじゃないの、我々の頭の痛い所なの・・・」保団連とはそんな組織なのです。メリットありとする方が会費を払って活用すれば良いわけです。但し、冒頭に述べた通り社団法人である歯科医師会と比較することは間違いです。 【ケースナ】 日歯の学術事業の一環だった思いますが、研究テーマの募集があった時、「根管充填の時期について、急性炎症のある歯牙への根管充填は絶対禁忌と云うのは間違いである。炎症は治まり、臨床的には予後良好である。これを立証されたし」採用されなかったことは言うまでもありません。しかし、事実です。20年程私はケースがあれば炎症は無視して根充をしました。1例のみ数日疼痛がありましたが、他は即日炎症は消失しております。何方か試して見て下さい。但し、所謂ピッタリ根充が条件です。デットスペースの存在が悪だと云う観点から、それを無くせば、炎症も治まると云う論理はおかしくないと思います。急性炎症のある歯牙への根管充填は炎症を拡大させると云うのは先入観以外の何物でも無いとも言えます。 【ケースム】 支払い者側中医協委員に労組の大物「太田薫」がなった時のことである。医療側は青くなったことは云うまでもなかった。日歯広報委員会にて会長、専務により、ゆゆしき事態として報告されました。その時、私は発言をしました「太田薫は歯科医師会にとってプラスとなります。彼は弱い者の味方、真の中道政治家です。心配には及びません」例によって「又馬鹿なことを云う奴」と云う雰囲気でした。しかし、その通りになったのです。時の執行部は「歯科の中医協委員が、それも強力な委員が、一人増えた」と大喜びしておりました。彼はすぐに歯科の割り食っている状態を見抜き、歯科サイドに立ったのです。彼は、真の医療改革を目指しました。それが労組の意向に沿わない形のものがありましたので降ろされたものと思います。「広報委員会で歯科側中医協委員に太田薫を指名してはどうか」と意見を述べましたが、取り合ってくれませんでした。素晴らしい考えだったと私は今でも思っております。武見太郎が亡くなった以後は、いいとこ無しでやられっぱなしです。日本の医療制度は崩壊への道をまっしぐら。トップのレベルが低いのは底辺のレベルが低いからです。上をなじる、批判する資格は一般会員にありません。昔からよく言われております。如何いう状態になっても大丈夫、「ドッコイ歯医者は生きている」。ア−アッ・・・。 【 無駄な会議へ出張 】 S地区広報担当者連絡協議会を何度か取材したことのこと。うん十年と続いている会議でありました。その会の過去の協議事項を調べ、リストを作って資料として持参しました。その内容を分析しますと、何一つ解決しておりません。そんなこと何故協議するのでしょう。時間の無駄と云うものです。全然理解出来ないと二次会で云ってやりました。懇親会目当ての事業としか思えません。T地区広報担当者会議を取材と参加をした時には、自治体の広報の活用が難しいと云うことが報され助言が求められました。指名があり、その問題についてアドバイスしました。役所の各所管で紙面を抑える形で、力関係も加わり、広報部には紙面のスペース取りの権限は無い。あがって来た原稿を編集するだけの所。従って紙面を割かせるには、衛生関係以外の力のある部と交渉してスペースを貰うことである。衛生部と交渉しても、保健施策の現場を抑えている保健所がNOと云うに決まっており、歯科医師会の原稿より、身内の歯科衛生士の原稿を優先させます(歯科衛生士には職労がバックにおりますから)。県の衛生部に手を回して、歯の衛生週間には、歯科医師会の協力を得て広報で地域住民への啓蒙を行うようにと云う指導を出して貰うことも行う必要があります。歯科衛生士の書いたものが間違っていると指摘しても改めようとしません。係長までは労働組合員でしたから、歯科医師会のクレーム、要請に対して「うちにも専門職がおります。」と余計な口挟むなと平気で対応する者も時にはおります。何とかしようと頑張っていた所、若い女の子に滅法弱い執行部のおえらいさん、 私のやり方を責める。「何もしないのが名担当」と云うのは名言である。 お断り・・・日歯を誹謗しているのではありません。地区、都道府県歯会でよく見られる会務運営上のデタラメに似たものは一切ありません。きちんとしています。代議員会終了後の総会に出席して挙手をして質問、要望等をして見れば判ります。会員であればきちんと対応します。封じ込んだり、無視したりしません。日歯の理事会を見学(一度では駄目ですが)すれば正しい会務執行の仕方が学べます。範とすべきことが沢山あります。 つづく (日歯広報掲載記事を基に色々と執筆中)。
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