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私とパソコンとレセコンそしてD-Byfor
[初めて耳にしたレセコン・・・、初めてパソコンに触ったのは]
昭和49年頃(もっ少し前だったかも)先輩のI氏がレセプトをコンピュータで作ることを考えN社の技術者と何かをしていることを本人から聞いたのがレセコンと云う言葉の最初である。
又、都歯の調査室に入れられ、税務を手掛けたが、日歯が行っていた医業経営実態調査の資料をもとにコンピュータ処理して何かを出そうとして失敗した、再度取組むことになったと云うことで、検討に入った。コンピュータには縁の無かった私だったが、歯科について素人のコンピュータ技術者、コンピュータに疎い歯科医師が別々に考えて、対処しても目的がかなうとは思えない。IBMの技術者を会合に出席させるように進言し、データ分析出来るように、質疑、確認をして行く中で設置項目の点検を行い、追加して調査票が完成し、収集した資料を基に、結果が出せた。しかし、扱いようによってはマズイことになると云うことで金庫に保管され、公表を止める決定がなされた。後日、馬鹿担当理事の手で会報に掲載され、マスコミが見逃さず、批判材料として取り上げた。日歯の代議員会で非難轟々となったデータがそれである。私がコンピュータに関わった最初はこの一件である。先輩I氏が「レセプトをコンピュータで作る時代が必ず来る、Nに個人で取組むのは不可能だから歯科医師会で・・・と言ったら、笑われてしまった」と怒って私に話したのである。最近、その先輩に出会い「先輩!レセコン・・・」と話かけた所「おいっ神谷、俺にレセコンの話をするな、判るだろっ!」と言って相手にしてくれませんでした。その後レセコンの普及率が15%となった頃、会報(歯科医師会の)に普及率が5割に達した時、官が利用しにかかると予言し、歯科医師会としてはレセコンの普及を考慮し、指導講習会の内容を変えるべきであるといった内容の文を掲載したことがあった。私自身は手書きでしたが、この頃パソコンを買って貰い、いじり始めた。歯科医業環境改善検討委員会の発足、委員長就任に伴い「資料つくり」に一太郎・花子を駆使?した。委員会の委員に指名したS氏が私のパソコンの師匠となった。「ザカード」と云うデータベースを使えるようになったのは彼のおかげである。コンピュータ処理と云う面からの保険改正もあり得るという警告も無視され、普及率5割になった時でもごく一部の者が使用しているに過ぎないと馬鹿言う役員がおりました。「5割の会員がごく一部ですか」と言ってやったら「むっー」としていなくなりました。D-Byforの開発に向かう頃にはNECを捨てIBMを使うようになり、保守の面でIBMを捨て以来「DELL」を使っている。
[暴利を貪るレセコン業界に一矢報いようの一言が]
1995年の秋のことである。ブロック会の帰り道、若い会員Nに声かけられた。話と「今のレセコンはけしからん、歯科医師から暴利を貪るレセコン業界に一矢報いませんか」と云うものであった。まもなくWindows95が世に出るという時でもあった。色々と聞くうちに私の病気が再発したようであった。何人かに声かけて一度健闘して見ようということになった。会員5人が集まりNの友人が来て、話を聞いたり、意見を述べ合ったりしたが、前向きな結論に至らなかった。Nの友人Y氏(開発を行った会社の代表であり、N の友人)曰く、否定的な意見もあるが、満場一致で賛成されるより良い。テーマは実行する価値はある。やるべきだと思う。私は決めた「とりあえず、着手し、経過する中でもう一度皆に集まって・・・」と。結局一人で関わってしまい、市販に踏み切った。
[開発費用の捻出は]
当時私は、株式で増やしに増やしたお金があったが、バブルの崩壊で、下がり続ける中で頭に来て、放置しておいたお金があった。さっさと処分すれば良かったのだが、ズルズルと踏ん切りつけられず、減っていた最中であった。いいキッカケと考え株式を整理して資金を作ったのである。
[中途でNは他界⇒私がプロデュースすることになった]
低価格、高性能レセコンの開発をスローガンとして、開発が始まった。完成も間近となった時、Nは緊急入院となった。彼は以前から体調がおかしかったが、言うこと聞かずにいた。私の家に来た時、彼の両腕が透き通って見え「これは何かある」と思い「直ちに入院」と命令した。日本医大のY教授に頼み、入院、検査となった、すぐに結果が出た。「2ヶ月の命」と告知を受けたのである。1ヶ月で他界してしまった。それから、開発に直接参加するようになった。彼に任せておいたことが失敗だったと云う実情に会い、大変な作業となった。彼は自分でレセプトを書いたことがなく、保険請求事務について無知状態であった。亡くなったNには申し訳ないが、健在であったなら。D-Byforは失敗となったと関係者が言う。現場の歯科医師が使用して、些細なことでもすぐ直すということが使い易さに繋がる姿勢を貫いていた。
[大幅保険改正に会い]
レセプト印刷のテストを繰り返したが、印字ずれの問題で大変な思いをしていた所、改正でA4版、白紙に統一された。「早くそうしてよっ!」スタッフのT嬢が一気に罫線等まるごと印刷する方式に仕様を変更して印字ズレ問題は解消された。D-Byforが所謂オーバーレイ方式を採用した最初のレセコンです。Windows対応版としても業界第一号であります。印字ずれはプリンタの紙を巻き込む精度の問題で、5mmの欄にずれが起こらないように印字させようとする側に無理があったのである。よく判っている人は枚数により、微調整してズレを無くすことが出来ると云うことである。所謂オーバーレイ方式は特別なことでは無く、当たり前の技術によるものでもある。
[出来たプログラムの裏(データベース部分)と表を見ているうちに]
動作させながら、自分で修正。文書発行機能、リコール機能と付加し、出来ない部分をプログラマーに見てもらい完成させる。使っているうちにミスが見つかり修正。ユーザに迷惑かけながら、修正を続ける日々であった。結果として、私自身がプログラムする、出来る部分が次第に増えて行くことになった。文書発行機能、リコール機能についてもオプションとして別に料金を取るほどの事ではないと、作成した私が思った。
[当初からフリーソフト化を視野に入れていた・・・レセコンの価格破壊の仕上げ]
レセコン業界の不実さを許せない、十分に歯科医師をかもった後故、潰されても自業自得だと考えたからである。現状維持を大事にする歯科医師の体質は彼らを守ることになり、大幅経費節減になると云う認識もそれほどない。もういいや!この辺でGOしよう。準備にかかった所である。大先輩i氏の悔しさを私がカバーしようと云うことである。大幅経費節減の道、業者のとの癒着を断ち切り、会主導型でレセコンを扱う時が来ることを願って(何時でも使用権を差し上げる)、その状況つくりに一人でも多くの方が「この指」に止まることを願うものである。
間違った期待されるレセコン像
社会保険請求事務知識が無くても使えるレセコンが欲しい。
コンピュータは間違った算定を指摘してくれますが、正しい算定に直してはくれません。それがチェック機能といわれるものです。間違いを指摘された部分については正しいものに修正しなければなりません。何が正しいか知らない者が如何して直せましょうや。考えてくれるコンピュータ(人工頭脳として、烏賊の脳神経を再現する所までは出来ているとか・・・烏賊が何を考えているかは???)はありません。まだ映画の世界のことです。メーカーも何とかミスレセプトが出ないようにしたいと当然考えています。誘導型はその努力の結果のひとつだと思われます。然しながら、治療の流れは多種多様、便利な状態を維持しながら、何処まで対応出来るか・・・限界があります。何処かで強制入力で進めるようにしておかないと、トラブリます。返戻・査定まで時間稼ぎして、諦めるのを待つと云うスタンスなのでしょう。チェック機能を正常に動作させる条件を無視して、社会保険請求事務知識を身に付ける気も無しに、間違いの無いレセプトが出来ることを望むことに無理があります。自分でやりたくない、受付助手にやらせるのに都合の良いレセコンが欲しいと云う形の期待、要望に沿えるレセコンは存在しないのです。
コンピュータの仕組みより、本質を知ろう!!!
コンピュータ使えば何でも便利になる。何でも出来る。そうとは限りません。プログラム上可能でも、実際に使用すると不便となるケースは幾らでもあります。身近な例として電子カルテがそうです。カルテ記載要領をクリアするプログラム上は可能ですが、使用すると診療時間が無くなります。画一的であることを避ければ、手入力になります。コンピュータに向かうより、直接カルテに書き込んだ方が早く、簡単です。最近電子カルテ機能を前面に出してレセコンを売り込む形が採られていますが、物は同じです。目先を変えて売り込みを図っているのです。ここ10年は様子を見ることにして、カルテは手書きで行くことを勧めます。電子カルテにすると云う法改正は絶対にありません。行き着く所は「手書き」です。
文書専用のコンピュータにワープロと云うものがあります。ワープロ機能には文章を作る機能はありません。文章を作るのは人間です。手書き文字と異なり綺麗な読みやすい文字にはしてくれます。一度作った文章の修正、編集も容易です。校正までもしてくれますが決して考えてしてくれる訳ではありません。
非論理的なことにコンピュータは無力です。保険請求事務上のルールに例外処理、論理的でないルールがある以上、完全チェック機能の搭載は不可能です。コンピュータ導入の結果、停電すると瓦斯が止まる現状を便利だと言えるでしょうか。
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